春節

   私の故郷は中国山東省済寧市です。済寧市は一番有名なのは、中国儒家の始祖――春秋戦国時代の孔子と孟子の出身地です。

"春节"

   長い歴史の中に豊富な伝統文化が継承され、発展してきました。この中には、春節(旧暦の新年)という中国人にとって一番重要な節日である典型的な伝統文化があります。時間的には、春節は毎年異なるが、大体毎年の新暦1月の後半から2月の前半にかけての間にあることが多いです。春節期間は、企業や商店などは3日から1週間くらい休みになり、学生たちは1か月の冬休みがあります。同じ春節ですが、中国各地でのお祝い方は多少違いがあります。

   私の故郷では、「臘月(旧暦12月)に入れば、新年になる。」という俗話があります。12月(旧暦)に入れば、冬休みに入った子供たちは爆竹を鳴らしたりしています。爆竹の音を聞くと、いよいよ新年が来ることを感じられ、人々は春節を楽しみにしています。でも、実家の犬――豆豆(doudou)は春節が嫌いだと思います。なぜなら、爆竹の爆発音に苦手で、爆竹の音がを聞こえると、いつも怖くて私のベッドの下に潜んでいます。春節でたくさんのおいしいものを食べる私は太りますが、豆豆は食欲不振で痩せています。また、12月(旧暦)に入ると、一連の伝統行事が続いて来ます。例えば、臘八節(旧暦12月8日)に、一年の豊作を祈るため、「臘八粥」(また、八宝粥といいます。)という8種類の穀物で作ったお粥を食べる習慣があります。12月(旧暦)中頃から地方に出稼ぎに出ている人は、故郷に帰り、「春運」(何億の人が故郷に帰り、この時期の列車はすごく混雑しています。)が始まります。みんなは家族と一緒に過ごす団樂を楽しみにしているから、混雑してつらい道中でも気にせず帰省します。多くの人にとって、一年で家族や友達とを会える時期はたぶん春節だけだと思います。「お金があるかどうかに関わらず、故郷に帰り、春節を祝う」という歌詞は人々の「故郷に帰りたい」という心底の声をはっきり表しています。

   12月30日(或いは31日、旧暦一年の最後の日)朝から餃子などの「年夜飯」を準備します。「年夜飯」の食材を守ることは私の一つの仕事です。毎年の大晦日に、魚やお肉を盗む「不良」猫が猖獗し、盗む機会を狙っているのを防ぐために、見まわりの仕事が大切です。正午12時から、大門と部屋ドアの両側に「春聯」を貼り始めます。夜(旧暦大晦日)になると、家族全員で「年夜飯」という日本のおせち料理のようなご馳走を食べます。夜8時から、中央テレビで「春節聯歓晩会」という四時間の娯楽番組があります。「年夜飯」を食べながら、番組を見るのが私にとって一番幸せなことです。「年夜飯」のメニューは、一般的に、余暇やお金が余ることを意味する余〔Yu2〕と同音の「魚」の料理、何事も年々上昇するようにという意味の「年年高昇」の年高〔Nian2 Gao1〕」と同音の「餅」の料理など縁起のよい名前の料理が好まれます。夜中の12時ちょうどになると、家々で一斉に爆竹を鳴らして新年を祝います。この時、豆豆にとって一番つらい時期でしょう。

   故郷では、「守歳」という習慣もあります。つまり、夜明かしして新年を迎えることです。毎年「守歳」をしようとする私は、いつも途中で諦めました。多分豆豆と「不良」猫が毎年「守歳」を続けています。新年1日(旧暦1月1日)の朝からみんなは親戚と友達の家に行ってお互いに新年の挨拶をします。小さい時、正月1日に、私はいつも大きなポケットが付いている服を着きます。なぜなら、親戚と友達の家に行く時、飴とお菓子をもらえます。来るだけ多くのお飴を貰えるために、「勝負服」が必要です。賢いでしょう?しかし、私のポケットより大きなポケットを付いている服を着る子供は少なくありません。子供にとって、春節のいいことはもう一つがあります。それは、大人からお年玉(中国では「圧歳銭」といいます)も貰えることです。私の記憶では、18歳まで、毎年の春節に大人から「圧歳銭」を貰えていました。この「圧歳銭」を使って、おいしいもの、文房具、本などを買いました。しかし、いい思い出の中に、不愉快なこともがあります。12歳の春節(馬の年)、祖父母から貰った「圧歳銭」がなくなりました。豆豆をベッドの下から引っ張り出して抱っこしながら、泣いていました。その年の春節は、私の気持ちは豆豆と一緒だと思います。

   中国の俗話には、「正月15日を超えないと、新年である」があります。社会経済の発展に伴い、仕事と生活のペースが速くなっています。正月3日から人々がまた故郷を離れ、都市に戻る旅に出ました。爆竹の音も少なくなり、故郷の田舎も昔の静かな場所に戻りました。豆豆も元気になるだろう。長い間に故郷を離れた私は、故郷の春節の思いをいつまでも忘れることができません。逆に、時間が立つと、故郷の春節に関する思い出はより印象深く残っています。しかし、故郷は変わっています。ある人、ある物の姿が永遠に見えなくなりました。

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